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心をのせる言葉の交流(日野原重明:老いに成熟する)

「心を乗せる言葉の交流」とはコミュニケーションの事で、医学において大変に重要ではありますが、教育においても重要です。今日の学校教育現場での、教師と生徒とのとの関係、あるいは母と子の関係がうまくいかずに生徒に自閉症を生じたり、生徒が奇妙な行動をしたりすることがしばしばであり、このような病気には薬での治療は困難なことが多いのです。次の詩は、ある結婚式で、新郎の主賓として北海道の中学校の校長先生が次に示すような中学3年生の男子の作品を紹介され、自分が中学生の教育に苦労し、子どもから学んだ事を率直に話されました。
ある中学生の詩

  先生聞いて下さい 僕らの悩みとあせりを
  先生話して下さい あなたの青春の夢と希望を
  先生笑って下さい 教室の暗さを吹き飛ばして
  先生叱って下さい 僕らのさぼりと不平を
  先生教えて下さい
  人生の果てしない辛さと厳しさを
               (北海道:中学3年男子)
*)子どもがいかにも子供っぽく行動していながら、中学3年生にもなると、この校長先生が紹介されたような心の叫びがでてきます。教師はそれを知らずに、教壇から一方的な、英語で言えば、didactic teaching (教壇的教育)という方法でさまざまな知識を教えます。しかしながら、教える知識の大部分は子供たちの記憶から逃げてしまい、心にとどまらないのです。現在の教育世界では、このような didactic teaching はあまり意味がなく、生徒や学生が主体的に経験をする体験学習、 expeariencial learning (経験学習)が重要になるということです。つまり、 teaching (教え)ではなく、learning(習い)が本当の学びだということです。(子どもは学びや遊びなど、親との交流を通して、親の姿をみて育ってゆくと)