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お子さまランチ
(山田眞:ディズニーランド流心理学よりp212)



 機転をきかせた、あるキャストの“マニュアル違反”にまなぶ。
 ではゲストに「感動」してもらうためには、何が必要なのか。
「マニュアルを破る」ことだ。こんな話がある。東京ディズニーランドの「ワールドバザール」の一角にある人気レストラン「イーストサイド・カフェ」でのできごとだ。そこに若い夫婦がやってきた。キャストはニ人用の席に案内し、注文をとった。ニ人は、それぞれが食べるであろう食事以外に、もう、一品、料理を頼んだ。「お子様ランチをください。」応対したキャストは、困惑した。東京ディズニーランドのマニュアルでは、お子さまランチは、九歳未満の子供以外には出せないことになっていた。そう言われてニ人は寂しげな顔で、互いを見つめ合う。キャストは勇気を出して、そのお子さまランチを、誰が食べるのかをたずねた。「今日は、昨年亡くなった娘の誕生日なんです。私の体が弱かったせいで、娘は最初の誕生日を迎えることもできませんでした。おなかの中にいるときには、主人と三人で、ここのお子さまランチを食べに行こうねって約束していたのに、それも果たせませんでした・・・。それで、今日は、娘にお子さまランチを頼んであげたくて、参りました。」の言葉に、キャストは、二人を別の席に案内した。家族四人でかけられるテーブルだ。そしてそこに子ども用の椅子も持ってきた。もちろん、そのテーブルに、お子さまランチが持ってこられたのはいうまでもない。「どうぞ、ご家族でごゆっくりとお楽しみください」キャストはそう言って、テーブルをあとにした。
 本来、このキャストの行為は、マニュアル違反である。しかし、それをとがめたキャストも上司もいなかった。それどころか、この話を仲間にしたところ、だれもがそれに協力して、こころよくお子さまランチを出してくれた。このキャストの行為は、その後、ほかのキャストにも「こんなよいことをした仲間がいた」と伝えられ、たたえられた。その夫婦からは、感謝の手紙も届けられた。東京ディズニーランドは、それを社内報でキャスト全員に知らせるだけではなく、掲示板にその手紙を張り出した。
 このキャストの行為は、「マニュアル至上主義」ならどうなっていたであろうか。おそらく、お子さまランチは出てこなかったろう。あるいは、それを知っていてマニュアル違反をしたキャストは、上司から叱責されたかもしれない。だが、東京ディズニーランドでは、それが誉めたたえられるのだ。なぜならば、彼らキャストの行動の最大の規範は、マニュアル書に書かれた細部の行動様式ではなく、「ハピネスを提供する」という彼らが目指す理想だからだ。マニュアルで決められたことよりも、その行為が、ゲストを「幸せに」できるのであれば、キャストはマニュアルを破ってでも、それを実行するべきなのだ。
 ある人がこんな言い方をした。「英語をしゃべるために、アルファベットを覚え、単語を覚え、そして構文を覚えなければならない。マニュアルとはそんなものです。でも、本当に大切なのは、覚えたての言葉でどんな思いを相手に伝えるかです。」

(山田眞著:ディズニーランド流心理学:知的生きかた文庫、三笠書房)