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セレンディピティー(思いがけない大発見)



 初心者が幸運にめぐまれることを「ビギナーズ・ラック」という。これとよく似た状況で、セレンディピティー(serendipity)といわれる場合がある。これは「まぐれあたり」のように思いがけない大発見を指す言葉であり「果報は寝て待て」ではなく「けがの功名」に近い。
 セレンディピティーの例としてよく引用されるのは、A・フェレミングによるペニシリンの発見である。これは、青カビの一種(ペニシリウム・ノタツム)の胞子がたまたまフタをしていなかったシャーレに落ちたという偶然による。カビがはえたシャーレは使い物にならないが、このカビが生えているまわりに細菌が繁殖しないという事実をフレミングは見逃さなかった。後にこのカビ作る物質(抗生物質)が単離されて、数え切れないほどの人命を感染症から救うことになった。
 セレンディピティーによる成果は、実験中に偶然X線を発見したW・レントゲンの業績を皮切りに多くのノーベル賞の対象となっている。化学の実験では、触媒の量を間違えて千倍多く入れてしまったことが導電性高分子の発見につながった白川英樹氏の例がある。
 さらには、いつも使っているアセトンの代わりにグリセリンを金属超微粉末と混ぜてしまい、その間違いに気づきながらも「もったいない」と思って捨てずに使ったことから、タンパク質のイオン化にはじめて成功した田中耕一氏の例もある。
 フランスの化学者・細菌学者L・パスツールは、「観察の領域において、偶然は構えのある心にしか恵まれない」と、述べている。カフェで突然MRI(磁気共鳴映像法)の原理を発見したP・C・ローターバーは、メモ帳がないためにペーパーナプキンに書き留めて大急ぎで研究室にもどったといわれている。

(科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか:酒井邦嘉著、中公新書、p126)