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わたしを束ねないで  新川和江(東京 1929年生)

わたしを束ねないで  あらせいとうの花のように  
白い葱(ねぎ)のように  束ねないでください
わたしは稲穂  秋 大地が胸を焦がす 見渡すかぎりの 金色の稲穂
わたしを止めないで  標本箱の昆虫のように  
草原からきた絵葉書のように  止めないでください  
わたしははばたき  こよみなく空のひろさを  かいくぐっている
目には見えない  つばさの音
わたしを注がないで  日常性にうすめられた牛乳のように 
ぬるい酒のように  注がないでください
わたしは海  夜 とほうもなく 満ちてくる
苦い潮   ふちのない水
わたしを名付けないで  娘という名 妻という名  
重々しい母という名でしつらえた座に 座りきりにさせないでください
わたしは風  りんごの木と 泉のありかを  知っている風
わたしを区切らないで  コンマやピリオド、 いくつかの段落  
そしておしまいに 「 さよなら 」が あったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください
わたしは終わりのない文章  川と同じに  はてしなく流れていく 
ひろがっていく  一行の詩 (わたしを束ねないで:新川和江詩集、童話屋)