田島耕作(高倉健):どうした。
武志:ひとみちゃん、帰っちゃった。
耕作:それで淋しくなってきたんか?よし、ここで寝ろ。
たけ、父さん死んで淋しいか?
おじさんの父さんもおじさんがたけと同じくらいの時に死んだんだぞ。
武志:病気で?
耕作:いや。仕事にいきずまってな、借金が返せなくなって、うちの近くの川
橋の下で、首くくって死んだんだ。おじさんの母さん、そのころ家にいな
くてな、おじさんと兄さんと父さんの3人でくらしていたんだ。その父さん
が死んだというから、兄さんとリヤカーもって迎えにいったんだ。そして
橋の下にぶらさがっている父さんを降ろして、リヤカーにのせて、こもか
ぶせてな、兄さんと2人で引っ張って帰るんだ。町の人がいっぱい見に
来てな、おじさん、悲しくて泣き出しそうになるんだけど、兄さんが小さな
声で 、泣くな、みっともないから泣くな、そういうんだ。おじさん必死にな
って我慢して、歯を食いしばって涙こらえて、歩いたんだ。
武志:本当に泣かなかった?
耕作:ああ泣かなかった。男が生きていくには、我慢しなくてはいけないことが
いっぱいあるんだ。
耕作:だから母さんが病院に行ったくらいで泣いたりしたらだめだぞ。
・ ・・・・・
田島耕作:背中をピンと伸ばして、姿勢をよくしろ。
何べんも言っているだろ。馬は、股で乗るんだ。股で。
いいか、手綱を軽く持っていろ。
どうだ、気持ちいいだろ。股をぐっとしめてろ。
民子(倍賞千恵子):怖いわ。
耕作:自分の馬じゃあ、ありませんか。
いいか、武志、よくみていろ。
馬は、訓練しなきゃあ、はやく走れないんだぞ。いいか、今、手綱をしめ ているから、走りたくても走れないんだ。
走りたくて、いらいらしているのが分かるだろ。
こうやって、じらしといて、次に、手綱をゆるめると同時に、自分の体を前 にだしてやるんだ。
(遥かなる山の呼び声、山田洋次監督:1980年日本アカデミー賞最優秀賞)