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有利よりも好きな事、疲れない事を
(危機を活かす:堺屋太一、講談社、1993年)


 時代の変化と産業の盛衰は激しい。常に有利な産業が変わる。だから、今、有利だといわれる職種、職業にしても、生涯の有利さが保証されているわけではない。それよりも重要なことは、自分の好きな道に進むことだろう。
  一時、医師が有利だといわれたころには、一部の高校では成績優秀な生徒には必ず医学部進学を勧めるような進学指導を行っていた。その結果、偏差値の高い生徒が医学部に集まった。医学部は教育期間も長いし、授業料も高い。つまり親の教育投資も大きいし、子の受験勉強負担も重いのだ。
  ところが、そうして医学部に進み医師になった人々から、失望の声がかなり聞かれる。「医者になると病人ばかり来る」という不満をもらす者さえいる。・・・・
  国家公務員になるなら、初めから法学部か経済学部に行っておけば、もっと楽に、もっと安く、より有利な就職ができたはずである。世間のうわさと親の見栄で職業を選ぶことは危険だ。とくに高校の名声を高めるために生徒の個性と好みを無視した進路指導をする教師たちの倫理的退廃は罪深い。本人や両親と違って、教師は何の責任も取り得ないからである。
  人生を選ぶときには、「有利だ」という理由で道を選ぶべきではない。自分の「好き」な道を選ぶべきである。好きなことは必ず上手になる。好きであれば、同じことをしても他人ほど疲れない。したがって、他の好きでない人々よりも熱心に仕事に従事することができる。経済的に恵まれなくても、好きなことをしているという、楽しさは残る。
  だが、何が本当に好きか分からないのが、人間の哀しい性(さが)でもある。有利と聞かされたことを、好きだと錯覚するからだ。本当に好きなこと、それは最も疲れないことだ。それを勘案して将来の人生を考えるようにすれば、この変革の時代も恐れることがないだろう。(職業だけでなく友人も結婚も同じと)
(危機を活かす:堺屋太一、講談社、1993年、p185)